自由への歩みを辿るMADIBA’s JOURNEY

Nelson Mandela’s
Long Walk to Freedom
自由への長い道のり〜
ネルソン・マンデラの
足跡

Madiba’s Journey 自由への長い道のり〜ネルソン・マンデラの足跡を辿るMadiba’s Journey 自由への長い道のり〜ネルソン・マンデラの足跡を辿る

1918

  • 1918

    7月18日、ネルソン・ロリシャシャ・マンデラはトランスカイ自治区ムヴェゾで誕生

  • 1925

    東ケープ州クヌ近くで小学校に入学。教師から“ネルソン”の呼称を与えられる

  • 1930

    テンブ族の大族長だったジョンギンタバ・ダリィンディエボに養子として預けられる

  • 1934

    成人の儀式を受けた後にエンコボにあるクラークバリー寄宿学校に通う

  • 1937

    東ケープ州フォート・ビューフォートにあるヒールドタウン総合高等学校、ウェスレヤン大学に通う

  • 1939

    東ケープ州アリスのフォートヘア大学に編入。オリバー・タンボと出会う

  • 1940

    ボイコットを主導して退学処分を受ける

  • 1941

    見合い結婚を逃れて鉱山の警備員に。この頃、ヨハネスブルグの法律事務所で弁護士としての実務研修を始める。ウォルター・シスルと出会ったのもこの頃。

  • 1942

    南アフリカ大学で学士課程修了後、アフリカ民族会議(ANC)の会合へ足を運び始める

  • 1943

    フォートヘア大学で学士号を取得。卒業後にヴィッツ大学で法律を学ぶ

1918

PHOTO: INPRA/Rex Features

1944

  • 1944

    ANC青年同盟を結成。反アパルトヘイト活動に取り組む

  • 1945

    エブリン・ントコ・マセと結婚。テンベキレ(1945年生まれ)、マカズィウェ(1947年生まれ。9ヵ月後に死亡)、マッカート(1951年生まれ)、マカジィウェ(1954年生まれ)の4人の子供をもうける

  • 1948

    ANC青年同盟中央委員会の幹事長に選出される

  • 1951

    ANC青年同盟中央委員会の議長に就任

  • 1952

    反政府活動を展開。トランスヴァール自治区のANC議長に選出。J.S.モロカ、ウォルター・シスル、他17人とともに共産主義活動の抑止に反する罪で重労働を伴う9ヶ月の懲役(執行猶予2年)の判決を受ける。ANC第一副議長に選出。ヨハネスブルグで南アフリカ初の黒人法律事務所をO.R.タンボと共同で開設

  • 1953

    ANCによる地下活動に関する「Mプラン」を策定

  • 1955

    ヨハネスブルグ郊外のクリップタウンで人民議会が「自由憲章」を採択

  • 1956

    反逆罪で逮捕。他の155人とともに裁判に臨み、1961年3月29日に無罪を勝ち取る

  • 1958

    エブリン・マセと離婚後、ウィニーの愛称で知られるノムザモ・ウィンフレッド・マディキゼラと結婚。ゼナニ(1959年生まれ)とズィンズィ(1960年生まれ)の2人の娘をもうける

1944

PHOTO: INPRA/Rex Features

1960

  • 1960

    3月21日、シャープビル事件勃発
    3月30日、政府が非常事態を宣言しマンデラを含む数千人が拘束される
    4月8日、ANCによる活動が禁止される

  • 1961

    地下へ潜み、武力闘争組織「ウムコント・ウェ・シズウェ(民族の槍)」を結成

  • 1962

    1月11日、武力訓練とANCへの支援獲得を目的に南アフリカを出国
    8月5日、クワズール・ナタール州のホーウィック近くで身柄を拘束される
    11月7日、スト扇動と不法出国の罪で5年の実刑判決を受ける

1963

  • 1963

    6月11日、ライオネル・バーンスタインとジェームズ・カントーを除く全員に終身刑の判決が下される
    6月13日、ロベン島へ移送
    6月16日、ソウェト蜂起が起こる
    10月9日、ウォルター・シスル、デニス・ゴールドバーグ、ゴバン・ムベキ、アーメド・カスラダ、ライオネル・バーンスタイン、レイモンド・ムフラバ、ジェームズ・カントー、エリアス・モツォアレディ、アンドリュー・ムランゲニ、ボブ・ヘップルらとともにリボニア裁判として広く知られる公判に初めて出廷。
    12月3日、マンデラは国家反逆の疑いに対して無罪を主張

  • 1964

    ANC亡命本部のオリバー・タンボが「フリー・マンデラ(マンデラ釈放)」キャンペーンを展開

  • 1976

    3月11日、マンデラ、シスル、ムフラバ、ムランゲニ、カスラダがポールスムーア刑務所へ移送

  • 1980

    12月7日、ビクター・フェルスター刑務所へ移送。後の14ヶ月間を過ごす

  • 1982

    マンデラの70歳を祝う大規模コンサートがロンドンのウェンブリー・スタジアムで開催。世界67カ国でテレビ中継された視聴者数は6億人にのぼった

  • 1988

    2月10日、当時のボタ大統領による暴力行為放棄の条件付き釈放の提案を断る

  • 1989

    F.W.デクラークが大統領就任し、マンデラと接見

1990

  • 1990

    2月2日、ANCの活動禁止令が解除
    2月11日、マンデラが27年ぶりに釈放
    3月2日、ANC副議長に選出

  • 1991

    ANC議長に就任

  • 1993

    デクラーク大統領とともにノーベル平和賞を受賞

1990

PHOTO: INPRA/Rex Features

1994

  • 1994

    4月27日、生涯初の選挙で投票
    5月9日、国会で民主化後の南アフリカ初代大統領に選出される
    5月10日、南アフリカ共和国大統領に就任

1994

PHOTO: INPRA/Rex Features

1995

  • 1995

    ネルソン・マンデラ児童基金を設立。大統領としての報酬の3分の1を寄付
    ラグビーワールドカップに初参加した南アフリカが自国開催の大会で優勝

  • 1996

    南アフリカ共和国憲法が制定

  • 1998

    グラサ・マシェルと結婚

  • 1999

    大統領として1期5年の任期満了とともに退任。退任後の活動拠点としてネルソン・マンデラ基金を設立

  • 2003

    ロベン島での囚人番号「46664」をHIV/AIDS撲滅キャンペーンに活用。マンデラ・ローズ基金を設立し、アフリカにおいて類い稀なるリーダーシップを発揮

  • 2009

    国連がマンデラの誕生日である7月18日を「Nelson Mandela International Day」と定める決議を採択

1995

PHOTO: INPRA/Rex Features

2013

  • 2013

    12月5日、ヨハネスブルグ郊外ホートンの自宅で死去。生まれ故郷の東ケープ州で国葬が行われる

  • 2018

    7月18日、マンデラ生誕100年の記念式典がヨハネスブルグで開催

  • 2024

    南アフリカ国内14カ所の遺跡で構成される「The Human Rights, Liberation and Reconciliation: Nelson Mandela Legacy Sites(人権、解放と和解:ネルソン・マンデラの遺産群)」がユネスコ世界遺産に登録される

2013

PHOTO: INPRA/Rex Features